2020/07/31

やわらかい空気圧アクチュエータを印刷してみた

前回の記事で3Dプリンタの導入をご紹介しました.せっかく導入したので,まずはやわらかい空気圧アクチュエータを印刷してみようと思います.

空気圧アクチュエータとは

空気圧アクチュエータとは,空気圧を加えることによって動くアクチュエータです.このうち,今回は柔軟な材料で作られたやわらかい空気圧アクチュエータを印刷していきます.硬い材料とモータ等で作られたものよりしなやかに動くため,例えば手につけて手の運動を助けリハビリ用に用いるなどのアプリケーションが考えられています (Yap, Ng and Yeow, 2016).

FDM方式の3Dプリンターによる空気圧アクチュエータの印刷

樹脂のフィラメントを溶かして積み上げていくタイプの3DプリンタをFDM (Fused Deposition Modeling) 方式の3Dプリンターと言います.FDM方式の3Dプリンターは,1層ずつ樹脂の層を積み重ねていく印刷方法のため,どうしても隙間ができてしまいがちです.このため,適当に印刷しただけでは密閉されたものを製作することはできないのです.

このような課題がある中で,FDM方式のプリンターを用いてやわらかい空気圧アクチュエータを印刷する際のパラメータが,High-Force Soft Printable Pneumatics for Soft Robotic Applicationsという研究で明らかにされています (Yap, Ng and Yeow, 2016).今回は,この論文の中で紹介されているパラメータを参照しながら,空気圧アクチュエータを印刷してみたいと思います.

完成品

まずは,印刷した空気圧アクチュエータをご覧ください.500g程度のランプを持ち上げることができています.




使用機材

  • 3Dプリンタ:Sidewinder X1
  • 3DCAD:Fusion360
  • スライサ:Cura4.6.1
  • フィラメント:Pxmalion Flexible TPU クリア
    • Q&Aによるとショア硬度85A (NinjaFlexと同じ)

試作の過程

基本的には論文に記載されているパラメータでOKでしたが,一部自分の環境に合わせて変更した点もありました.試作の順に説明していきます.それぞれ変更しているパラメータのみ記載していきます.パラメータの一覧は論文を確認してみてください.誰でもダウンロードできるようになっていると思います.

試作1

まず初めは,ほぼ論文通りにしました.変更したのは以下の点です.
  • Extruder temperature: 240°C
    • フィラメントがこげるのが心配だったため.
  • リトラクション: On
    • オフにし忘れてしまった
出来上がったものは以下です.中に水を入れた状態で空気を吹き込むと水が染み出してきており,エアタイトではないことがわかります.

試作2

エアタイトにならない原因を考えてみたのですが,印刷中にブチブチという音がしていることに気が付きました.ブチブチと音が出るのはフィラメントの湿気がノズル内で気泡となりでているものだ,と言う指摘が見られます.今回はフィラメントを開封した直後なのでまともな包装がされているなら(夏で周囲の湿気は高いですが)そこまでフィラメントの状態が悪いとも思えませんが,TPU印刷の温度設定として泡立つなら温度設定を下げてみましょうと言う情報もあります.今回は温度を高めにすることがエアタイトにするポイントらしいので,あまり温度を下げたくありません.理由は十分考察できていないですが,樹脂を大量に押し出している時は泡立ちのないものが出てきますが,押し出し量が小さい時は泡立ったものが出てくる様子が観察できました.
押し出しが十分な場合

押し出し量が不足している場合
このことから,Flow rateを上げることにしました.また,とりあえず焦げることはなかったので論文に合わせて温度も上げてみることにしました.試作2で変更したパラメータは以下です.試作1ではミスしていましたが,リトラクションはOFFにしました.
  • Extruder temperature: 245°C
  • Flow rate: 150%
結果は以下です.空気漏れがなくなりました.Flow rateを上げたのが効いているようです.しかし,温度の方はやはり高すぎたようで,少し焦げてしまいました.多少空気もれしているような音が聞こえると思いますが,空気入れのコネクタとの接続部分で少し漏れてしまっています.なお,印刷時間短縮のために試作1よりサイズを小さくしました.

試作3

手元の環境でエアタイトになる条件がわかったので,しっかりと曲がるアクチュエータを印刷をすることにしました.試作1,2では論文中のモデルよりも随分太いものになっていることに気づいたので,寸法を似たようなものにしました.ただし,壁の厚さは1周多い1.6mmとしました.このモデルの場合,なぜかTravelがたくさん生成されてしまったので(外形には沿っていましたが),Travelの速度を念のため遅くしました.また,焦げてしまった点や,まだ少しブチブチ音がしていたことを考慮してパラメータを少し調節しました.他は,試作2と同じです.
  • Extruder temperature: 242°C
  • Flow rate: 160%
  • Travel: 50mm/s 
結果は以下です.しっかりと曲がるアクチュエータができました.しかし,変形量は壁が厚いせいかやや小さい気がします.

試作4

変形量が小さかったので,壁の厚さを1周減らして1.2mmにすることにしました.試作3まではFusion360の中で空洞もモデリングしていたのですが,1.2mmにすると不要なTravelが大量にできてしまったり,曲線に沿わずにジグザグに埋めたりするデータになってしまいました.曲線部分の厚さがSTLファイルからは正確に読み取れていないのかもしれません.1.6の場合に問題にならなかったのはたまたまうまくいっていただけかもしれません.
この対策として,モデルは空洞がないもので作って,infillを0%にする方法を使いました.これは論文中でも説明されている方法です.これを使うとコネクタ部分に穴が開かなくなるのでやめてましたが,壁がきれいに印刷できるならばと変更しました.変更すると,正しくスライスできます.
このデータを使って,印刷をしました.パラメータは,トラベルの問題が解決できたのでその速度を元の120mm/sに戻しました.また,底と上面の厚さはFill density 0%の場合のパラメータの1.5mmにしました.

結果はこちらです.試作3よりも変形量が大きくなりました.ものを持ち上げている様子は冒頭の動画の通りです.

挟めるタイプ

アクチュエータを2つ向かい合わせて,掴めるタイプも印刷してみました.適当に設計してしまったためあまり重いものは掴めませんでしたが,タワシを掴む事はできました.

まとめ

論文を参考に,やわらかい空気圧アクチュエータを印刷しました.FDM式のプリンタで柔らかくエアタイトな構造物を印刷し,簡単なグリッパーを製作できました.今回は自宅にある自転車用の空気入れを簡単に用いたためその部分で空気漏れが発生してしまいましたが,この点はエアチューブや継ぎ手などできちんと接続すれば改善すると考えられます.

参考文献

Yap, Hong Kai & Ng, Hui & Yeow, Raye Chen-Hua. (2016). High-Force Soft Printable Pneumatics for Soft Robotic Applications. Soft Robotics. 3. 144-158. 10.1089/soro.2016.0030.